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アンフェア

2006年2月21日 20:43 | コメント (1) | トラックバック (0)

基本情報

公式ページ  フジテレビ系列:火曜22時

 原作は秦建日子による小説「推理小説 」 目には目を、アンフェアな悪人にはアンフェアをもって対抗する事を信条とした主人公雪平夏見。彼女は、新宿中央公園で起きた殺人事件の現場で「アンフェアなのは誰か」と書かれたしおりを発見する。それから数日後、警察や出版各社に送られた小説通りの殺人事件が発生し、現場で夏見は以前「しおり」を作った出版社の編集者に出会う。

 ひと区切りついた4話で、そのあまりの酷さに視聴放棄。アンフェアだったのは真犯人ではなく、観客を惑わせる為だけに存在し、劇中の理屈では説明できない数々の描写だと思う。

 堂々と犯罪計画を予告してくるような犯人と警察との闘いをフィクションで描くとすれば、その面白さは「一定のルールにのっとった上での攻防」という将棋やチェスの対局観戦に近い。脇から見ていて面白いのは達人同士の対局であり、「なんでそんな手打つんだよ」とつっこみたくなるバカ同士がパチパチやっているのを見てもイラつくだけだ。

 出演は篠原涼子・瑛太・阿部サダヲ・濱田マリ・加藤雅也・香川照之・木村多江ほか。

第4話

容疑者が被害者となって登場という王道パターン。ただし、意外でもなんでもなくあーはいはい。

 いくら分かりやすい演出がしたいからって、未チェックビルの数字が勝手に減っていくってのはおかしいだろ。どのビルにも施錠を確認するシステムがついていて、それらをオンラインで結んで警視庁で集中監視しているとでも言うのか。
 それだけでも笑ったのに、とってつけた「大体なんでこんな所にいるんだよ、検視官が!」「聞いてるんですよ、音」というやりとりで遂に爆笑してしまった。この番組って放送時間帯は22時だけど対象は小学生だったか。

 んでもって、新米刑事が平井は井上順演じる小説家のゴーストライターだったとつぶやくと、即確保に向かうべく総員が立ち上がって走り出す。冤罪多そうな警察だなぁ。

 「撃てますか。この男を助けるために僕を撃ちますか」という言葉にそれなりの主張があるように見せたかったのだろうが、納得・共感できるものはなく主張というより頭のオカしい人間が受信した電波。そのおっさんってば精一杯憎たらしく見えるように描かれていたものの、悲しいかなどこででも見かけそうな小悪党で、なんらかの大義名分のもと殺すほどの悪人でもない。脅迫などされて、引く事も叶わぬ状況に追い込まれていたのなら若干話は変わってくるが、単に憎たらしい上司と部下という関係なら会社を辞めるという選択肢があったはず。
 そもそも、どちらかの命しか救えないといった状況ではないので、動けなくなる場所を撃っておっさんを助ければいいだけのこと。

 ...って、CM あけてみたら射殺してるし。首にナイフをつきつけて、僅かに横にずらせば殺せる状況だったのなら話は別だが、犯人が構えもせず独白に酔いしれている間に足でも手でも打ち抜いて転げ回らせれば良かっただけの話。
 発砲は間違っていないが犯人射殺という結果に至ったのは 100% 雪平の無能ぶりによるもの。アンフェアにはアンフェアというハムラビ法典は構わないが、それ相応の実力を身につけてからにしろ。大した判断能力も、ナイフを持った腕を打ち抜く銃の腕前も無い。でも自信満々に「次も撃ちますよ」ってか。おめでてーな。
 それにしても、脚本家(原作者?)は、犯人への発砲が日常的なアメリカでは全て射殺でカタがつけられているとでも思っているのか。

 とにかくまあ、呆れて薄ら笑いを浮かべてしまうほどに酷い内容だった。思わせぶりな主人公に全くと言っていいほど魅力がねーわ(朝、全裸で新聞を読むというベタなキャラクタ造型には「いつの時代だよ」とつっこみを入れてしまった)、警察はバカばっかだわ、この種のサスペンスにおいてクライマックス前はヒーローよりも活躍するハズの犯人に何の輝きも無いわと散々。(もっとも、主人公がそもそも輝いていないので、悪役も輝きようがないのだが)

 次回に向けて子供と家政婦が誘拐されるというヒキがあったが、これは「アンフェアなのは誰か編」はまだ真相に達しておらず続くということ? それとも、別の話が始まる?
 どちらにしても、これまで描かれたようなレベルで話が進むと面白いという感想は出てきそうにない。

第3話

警察は早々に平井を犯人と断定しているが、それ相応の証拠を発見しているのだろうか。前回終盤、雪平に幼なじみの当日の予定を聞かれた編集者が「そういえば...」の後に語ったのは、平井に会いにいくことだろう。(だからこそ、雪平は平井宅で幼なじみが殺されていることに驚かなかった)
 一旦は嫌疑をかけられた男が被害者の当日の予定を知っており、そんな彼と雪平が会ったのは死亡推定時刻(21時 〜 22時)より後の22時15分。さらに言うなら、犯人は出版社の対応をあらかじめ知っていた可能性があるという。
 商業主義の上司とのいかにもなやりとりといった、視聴者のみが知る情報を除いてもこれだけ怪しい人物をスルーしたままって大丈夫か? 少なくとも犯行時刻のアリバイ等を徹底的に調べない限り彼をシロだと考えるのはあまりに危険だ。

 つか、殺害状況といった基本的な検証より先に犯人を断定してマスコミに発表する警察ってどうなのよ。

 そんな、犯人の断定より後に行われた捜査会議で明かされた、前回思わせぶりだった検視官の行動の種明かしに愕然。観客の興味をひく展開を見せることは構わないが、そういった裏方の企み以外に説明がつかない行動をホイホイやらせるな。

 今回描かれた通り、自分の論理を確かめ大々的に発表する事が目的なら、捜査会議に出席して報告する立場にいる検視官が証拠品をくすねる必要はない。あの行動に説明がつくのは、くすねた人間が直接捜査に関われないような下っ端であるか、鑑識とは別部署にいる場合だ。(「私の見解では」と言いかけて止められるのがお馴染みらしく、それを避けたかったという考え方もできるが「しおりが部屋から見つかったからそいつが犯人じゃないか」というのは「私の見解」ではなく、普通に証拠品から導きだされる当然の結論であり、その発言を止められはしないだろう)
 そして、今後切れ端を使ってもう1段階どんでん返しを演出するつもりなら、このタイミングで自分が持っていた事を発表するのは不自然だ。

 ハッタリやミスディレクションが種明かしされた際に納得のいく理由を持たず、ただただ観客を驚かせるギミックとして用いられる事はどんなフィクションでも反則技だ。サスペンスやミステリにおいては特に致命的で、話が一気に白けてしまう絶対にやってはいけないアンフェアな手口のひとつだ。

 また、お互いに相手に責任をなすりつけようとするアンフェアさや、出版社の節操のなさを描く為だとは思うが、出版社と協力してオークションに参加し、それがうまく行ったら事件が解決すると思ってる警察の頭のヌクさも相当なもの。

 雪平が参加している.....おとり捜査をやろうとしている.....捜査会議が、数多くある捜査チームのひとつで、どデカい本体は別にいて一般的な捜査を続けているというのならまだわかるが、こんな事件でおとり捜査をメインに掲げる警察はバカか。
 指紋や発送先の隠匿など、犯人がいかようにもコントロール可能な推理小説をどうこうするよりも、犯人が実際に出入りし殺人を犯した(=犯人に繋がる物証や目撃証言、何らかの足取りが必ずある)パーティ会場を徹底的に捜査し、遺留品や関係者の洗い出しを行うのが常道だろう。

 この手の計画犯罪を軸にしたサスペンスの場合、十分に納得のいく捜査と、それをさらに上回る犯人の行動といった知能戦が面白さのポイントだが、こうも警察がバカだとシラけまくる。バカ同士の将棋対局を見ても面白くもなんともない。
 さらに、(編集者が本当に犯人かどうかは別問題として)視聴者目線を抜きにしても疑うべき人物を、最初からカマをかけて問いつめるつもりでもなく自宅に招く雪平の無能っぷりにも苦笑。しまいには、言葉尻をつかまえて「あなたが犯人?」ときた。これはひょっとして雪平がキレ者だとでも言いたいシーンなのか?

 ここまでくると、ゴーストライターを雇っていた小説家の「続き読みたいと思わないか。この小説は絶対ラストシーンまで書いてある。現実に起きる事と、寸分違わぬラストシーンが」なんてセリフはギャグにしか聞こえない。
 これで、家政婦が犯人で、かつて雪平が射殺してしまったという少年の母親、父親は編集者なんていうヒネりもクソもない陳腐さだったら怒るぞ。まあ、まだ3話なのでさぞや素晴らしい肩すかしを見せてくれるのだろうが。

第2話

雪平に焦点を当てるのはごく真っ当な展開だが、他の捜査員がほとんど描かれないってのは微妙。犯人は雪平ひとりにターゲットを絞って謎を提示している訳ではないので、その他大勢の「普通の意見(捜査)」をきちんと描いた方が雪平の独自性を強調できるだろう。

 複数の意味にとることができる被害者予告を軸に、あからさまに怪しい検視官の行動や性格の悪そうな女、どうあっても絡んでくるだろってな具合の雪平の過去など、まだまだ謎撒き大会開催中。

第1話

うーん。話を引っ張る続きものの第1回として、ネタの見せ方自体はそこそこだったと思うが、それに絡んでいるのがゴーストライターに商業主義を否定する編集者、大作家を目指すサイコ気味な男(兼任だけど)、さらに手口が小説による殺人予告ってのじゃ目新しさが無い。

 まあ、謎解きものは全体を見てからでないと判断しにくいので、今見えているものが意外な方向に転がり、「アンフェアなのは誰か」という思わせぶりなメッセージも相応のものであるという種明かしを期待。

 ところで、被害者と同じ姿勢でチョーク跡に横たわり、彼・彼女らが最後に見たものを体験するという雪平の行動は面白いが、その視線の先にあったしおりを捜査しようってのは随分乱暴。
 ほとんどの場合、殺人の被害者が見る最後の景色とは、止む無く.....そこから動く事がかなわず.....見せられるものであって、そこに被害者の意思が介入できる確率は少ないだろう。
 米ドラマ MILLENNIUM の主人公フランク・ブラックのように、殺人犯の心の中が見えるのなら話は別だが、単に倒れていた被害者の視線という場合、被害者が最後の力を振り絞って移動した痕跡が見られでもしない限り、そこに捜査のヒントがあると考えるのはかなり無謀だ。被害者のダイイングメッセージ、もしくは犯人からのメッセージが必ずと言っていいほど存在する推理小説なら話は別だが。

コメント(1)

匿名

2006年3月16日 13:07

バカかお前は

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