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海猿

2005年9月13日 23:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

基本情報

公式ページ 」の作者でもある。原作コミックは未読、劇場版は鑑賞済み。

 海上保安庁、福岡海上保安部に所属する新米潜水士・仙崎(伊藤英明)が主人公。いまだ人命救助の経験も無く地味な毎日を繰り返していた仙崎だが、横浜への異動、気難しい池澤(仲村トオル)とのバディ結成と、その平穏な日々は終わりを告げる。出演は伊藤英明・加藤あい・仲村トオル・佐藤隆太・佐藤仁美ほか。

シリーズ総観

「伊藤英明クンかっこいいわぁ〜」といったノリで見る人にとってはそれなりに面白いシリーズだったのかもしれないが、海上保安庁の潜水士を描いたスペシャリストモノとしては甚だ疑問の残る作り。まともに見られたのは EVOLUTION 1・4 くらい。

 家族や恋人と思うように会えない、任務での不安、出動の度に心配で仕方が無い家族。それら「海上保安庁の潜水士」と聞いて、多くの人が想像し期待するテーマが描かれていたのはいいが、描写自体も素人が勝手に想像したレベルってのはいただけない。とにかくダイジェストを見せられているような気分で、苦悩・対立・恐怖・成長といった全ての描写が薄い。
 というか、劇中で描かれた「会えない」ってのは、どんな仕事でもごく普通に起きるレベルのものに過ぎなかったような。

 また、BGM の使いどころのセンスには閉口した。曲自体は悪くないのだがバラエティに乏しく、それを使うタイミングやセリフ・SE 等とのボリュームバランスも悪い。画はそれなりに頑張っているのに、音で台無しという場面が多々あった。

 最終回では「ユイちゃんの命を人に任せるんですか。それが冷静な判断なんですか」というこれまたトホホなセリフを主人公に言わせてしまう始末。(どうトホホなのかは EVOLUTION 11 の感想に)
 派手な事件で客の興味を引くのはアリだが、それだけに終始するのはどうかと思う。人の生死が絡んでいない現場にも、潜水士としての苦悩や技術・葛藤は山ほどある。

 もっとも、ハナっから誰も「海上保安庁の潜水士を描いたスペシャリストモノとして」なんて目で見ていないと言ってしまえばそれまで。看護師を描いた「ナースのお仕事」があの内容で人気を博しているようなので、潜水士だの看護師だのといった設定はあくまで添え物なのかも。まあ、潜水士というギミックを使った泣かせドラマとしても二線級だと思うが。

EVOLUTION 1 運命の幕開け

新しい職場への期待と気負い、偉大なる先輩バディとの距離、初めての海難現場でのとまどい。舞台設定、見せ方ともにオーソドックスだが、物語の導入として分かりやすく内容の濃い第1話だった。

 要救助者を確保してバディ池澤と無事浮上し、初めての人命救助を果たす仙崎。確かに本人にとっては重大な事だし何より人の命が救われた瞬間なのだが、仰々しい音楽で盛り上げる演出が浮いていた。
 要救助者発見時のとまどいはきっちり描かれていたが、脱出時、要救助者を抱えて船外に出る場面での仙崎の焦りや緊張を感じさせる演出が無かったからだ。「人の命を預かって脱出する事はこんなにも緊張するんだ」「普段はなんともない水中がこんなに違うのか」といった仙崎の疲弊を描いてこそ、脱力しながら初の人命救助を実感するシーンに大きな落差が生まれ、仰々しい音楽がしっくりくる。

 相手は単なるメル友のつもりなのに男の方はラブラブな恋人気分、ってのは三枚目脇役キャラの専売特許だが、主人公の仙崎が勘違いしまくりってのはなんか可笑しい。環菜との関係は単なる恋愛模様ではなく、外からの目線で潜水士を描くキーになっていくようなのでこちらも期待。

 それにしても、妙に煽るナレーションとえらく長い次回予告(実に1分30秒)が凄い。CM などを挟まずにラストシーンからそのままつながる次回予告は、本編とあわせたトータルで第1話を形成していた。

EVOLUTION 2 潜水士浮上せず

すっきりしていた第1話にくらべて随分と散漫かつおざなりな印象。前回の池澤の行動の真意を仙崎が知るシーンは、経緯・見せ方共アイディアに乏しい。さらに、今回はその流れで海難事故という最前線における、今までの常識が通用しない大事なセオリーというものを描くのかと思いきや、それを飛び越して「バディとは軽んじたり遠慮したりする関係ではなく相棒だ」という路線に進んでしまった。
 極限状態における相棒.....信頼できるパートナー.....とは、心の通じた間柄という綺麗事以上に、同じ高さで物事を見る目線が必要である。前回の食い違いはその目線の違いで生じ、今回の2人による救出劇は(一時的に)その目線が同じになった事でバディとして機能した為に実現したと描かれているのだろう。
 しかし、これは上に書いたように色々なものを飛び越し過ぎのような気がする。池澤の真意を聞き、理解した上で行動を決断した仙崎は正しいと思うが、そこには仙崎の確固たる自信と実績、池澤の仙崎への信頼が無くてはいけない。そして、今の段階ではその全てが揃っていない。

 また、自分の想いを誰かに聞いて欲しいという流れはやや唐突に感じた。事情を知っている先輩や同僚と話すのではなく、他の誰かに聞いてもらいたい気持ちなのかもしれないが、即「俺は、独りだった」につながるのはなんか違う気がする。同じ現場に立つ仲間はいる訳で、同僚と話をして賢明に伝えようとしても自分ひとり感覚や考え方が違うといった苦悩を経てからでないと、真剣に悩んでいるというより悲劇に浸りたいだけじゃないのかと思ってしまう。

 画面作りや音楽で盛り上げようとする演出にかなり力が入れられているが、肝心の物語がそれについていっていない気がする。

 ところで、「たった1話にどんだけ詰め込むんだ?」と思いながら見ていた前回の次回予告だが、あれは第2話ではなく海猿という作品全体のアオリだったようだ。というより、次回予告はエンディングテーマ後にあるので、あれは文字通り単なるアオリらしい。

EVOLUTION 3 置きざりの愛

常に出動と隣り合わせという海上保安官の人付き合いの難しさを描いたエピソード。環菜と念願のデートをする仙崎、離婚した妻が引き取った娘と久しぶりに出かけた下川、お腹に子供を抱えた妻と食事をするところだった池澤、やっと OK してもらった映画に出かけるはずだった吉岡と、様々なシチュエーションが用意された。

 ただ、シチュエーションはいろいろ揃っていたものの、それぞれが緊急出動という状況において、置き去りにする人間とどう接するかという部分の描写が浅い。緊急出動なんてものは日常茶飯事であり、別段今生の分かれを惜しむわけでも特別な行動を起こすわけでもない、と言えるかもしれないが、だからこそ各々がそんな.....普通の人からすれば異常な事態が通常である.....職に就く中でどうやって人と付き合うかを見せるチャンスだったように思う。
 また、ボリュームも大きく曲調も仰々しい BGM が鼻につく。冒頭の潜水訓練のシーンもそうだが、この作品は全般的に音楽がうるさい。ノンフィクションであるスポーツ中継でさえ、アナウンサーが独り興奮していると見ているこっちは興ざめしてしまうというのに、全体が作り物であるドラマであればなおさら。まるでこうやって文章を延々と赤 + 拡大文字で強調しているようなもの。こういったものは使う場所を限定し、それ相応の場所に用いて初めて意味を持つものであって、こんな具合にだらだらと強調していてはむしろ逆効果だ。

 仙崎と環菜、環菜と会社の上司、仙崎と池澤、池澤と病気と妻、下川・夏八木と津田(現場と上司)、下川と離婚した妻と娘。いろいろな状況を少しずつ同時進行で見せて行く構造だが、それぞれの描写が弱い。無理矢理描こうとしてどれもが薄くなるよりも、1エピソード毎に描く部分を絞って重点的に見せた方が良いだろう。

 先週分の次回予告(つまり今週放映分の予告)には、池澤が視界に異状を感じる場面と「あの事は誰にも言うな」と仙崎に言う様子を続けて見せる部分があり、池澤は身体にトラブルを抱えていて早くも仙崎にバレてしまうのかと言わんばかりだったが、見事なスカシっぷりで感心した。池澤が仙崎に「誰にも言うな」と言ったのは奥さんにまーくんと呼ばれている事だったという種明かし。木村拓哉主演のドラマ「ヒーロー」にあった、まるまる夢オチという次回予告は反則だと思ったが、これはなかなか上手い。

EVOLUTION 4 海に消えた想いを探せ!

海上保安官としての任務と、遭難者の家族との関わり合いを描くエピソード。海難事故で亡くなった男性の遺体が、海上保安庁の捜索打ち切り後、海岸に打ち上げられる。しかし、遺族である息子は父親の腕時計を探すために海に潜り続けていた。

 先週に比べ随分すっきりとした印象。遺族にあまり感情移入するなという諸先輩の言葉通り、必然的に緊急時の人間とばかり関わる潜水士は色々な意味でタフでなければやっていけない。理屈では分かっていても、そう割り切れない仙崎が何を思い、どうしたいのか。海上保安官という立場で何を悩み、何をしようとしているのかがきっちり描けていた。

 訓練という名目で捜索が行われ、腕時計が見つかる云々ではなく探す事それ自体によって息子が救われるという流れも良かった。ただ、ロープに貼られた訓練案内の紙に「捜索対象:腕時計」っていう記載があるのはどうだろ。現実の案内がこういったフォーマットで書かれているなら仕方ないが、そうでないなら無い方が良かった。
 老朽艦という設定ながら、やはり巨大で力強い「ながれ」の登場シーンはケレン味たっぷりで良かった。息子の目にはさぞ大きく頼もしく映っただろう。港でもないのにあんなに岸に寄ったら座礁するだろ、なんてつっこみもできるが、やはりそこらへんは無視してあのドーンとした登場で良かったと思う。まあ、合成っぷりをもう少しなんとかしてくれればさらに良かったが。前回の感想でケチョンケチョンにけなした大仰な BGM も、ここはさすがにハマっていた。......ただ、そこから引っぱりすぎ。

 仙崎さんの物を何かくださいと息子が感謝と尊敬の意を込めて言う部分は無い方が良かっただろう。息子が父親の腕時計を諦める事が出来たのは、自分にとって重要なのは形ある何かではないと悟った流れにするのが最も収まりが良い思うが、これではそのあたりはもちろん、父親に対する想いすらもぼやけてしまう。
 あの時計は「一人前になった証となるもの」であり「亡き父から自分に向けられた想い」だった。仙崎さんの時計をもらって一人前になった暁にはそれを使います、というなら後者の無き父の想いはどこに? 「真剣に探してくれた仙崎さんは、実物は見つけられなかったが父の気持ちは探し出してくれた」ってこと?
 ただ真っ直ぐに仙崎を見つめて頭を下げ礼を言う。腕時計は諦めましたなんだというセリフも必要なく、ただ仙崎に感謝するだけで十分だったと思う。

EVOLUTION 5 突然の別れ

ダイビングインストラクターへの転職、任務に支障をきたす病気、潜水士を辞めようとする2名の隊員を描いたエピソード。両方ともこんな事が言いたいんだろうなぁと想像する事はできるが、劇中でそれらは全くと言っていいほど描かれていない。

 「現場では興奮のあまり冷静になれず暴走してしまう。いつバディを巻き添えにしたトラブルに遭遇するかもしれない事が恐ろしい」 見せ方の相変わらずな直球ぶりに苦笑してしまうが、この気持ち自体はまあ理解できる。しかしその別所が、真っ先に海に飛び込んで浮上したら雄叫びを上げる熱い男だという事は、これまではもちろん、今回ですら画面に描かれてはいない。
 何の印象もなく、性格はもちろん仕事っぷりも知らない。仕事で熱くなる男どころか、仙崎と酒を飲んでいるイメージしかない先輩に、いきなり深刻そうな悩みを告白されても「フーン」以外の感想は出てこない。潜水士だったらこんな悩みがあるんだろうな、と観客それぞれが勝手に補完しないと成り立たないぺらっぺらのエピソードだった。
 どこにでも転がっていそうな「物語スイッチ」をポチリと押す様子だけを画面に描き、そこに至るまでの流れや各人の気持ちは似たような他の作品を思い出してください、都合のいいように想像してくださいと言わんばかりの内容。

 一方の池澤に関しても、目の病気で潜水士を辞めるという行為を、特救隊に戻れないからという風に描くのは無理がある。中心性網膜症ってのは特救隊云々ではなく、潜水士を続ける事自体難しい病気なのでは? 「ながれ」に出動がかかる程度の現場ならこの病気は関係ない? 少なくとも冒頭の医者の説明と、これまで何度か描かれた症状は特救隊以前に潜水士の道自体を断念せざるをえないものに見える。
 つまり、観客にとって「池澤は病気により潜水士という職業自体をあきらめなくてはならなくなった」というイメージなのに、劇中では「池澤は病気により特救隊に戻れないため、" ながれ " を降りようとしている。しかし、もう一度考えてみろ」といった展開になっている。
 それとも、偉そうにパイプをくわえるオッサンは、池澤は潜水士自体を断念せざるを得ない状況だが、とりあえず「ながれ」で頑張ってみたら、と言ったのか。もしそうだとしたら、それこそ池澤を、そして「ながれ」をバカにしている。

 また、池澤の立場が、しばらく我慢して教官を務めたら特救に戻れるといったものなら、すったもんだあって残る事にしたという流れも納得いくが、実際の現場に赴く潜水士として職場復帰する、周りも復帰させようとするってのはどうよ。

 今回で唯一良かったのは転職しようとしていた先輩がそのまま海上保安庁を去ったことのみ。相変わらずうるさく、メリハリなく垂れ流される BGM はひょっとしたらギャグなのだろうか。

EVOLUTION 6 不審船発射

冒頭のプールでの訓練シーンからいきなり、これまでクライマックスで使われてきた BGM が。第5話の感想で「メリハリなく垂れ流される BGM はひょっとしたらギャグなのだろうか」と書いたのはもちろん冗談のつもりだったのだが、大丈夫かこいつら?

 環菜との恋愛問題。まあ、人間には想像力ってものがあるので、環菜の気持ちも分からなくもないのだが、これまでのエピソードで仙崎と環菜の間に起こったのは「忙しくて会えない」だったり「デート中に出動」といった程度。ミもフタもなく言ってしまえば多少忙しい仕事をしている相手ならごく普通に起こることばかりで、潜水士らしい出来事と言えば、せいぜい前回の出動時に他の隊員が担架に乗せられているのを見た事くらい。
 任務中に怪我をするとか、先輩の池澤についていこうと無茶な訓練をして身体を壊すとか、救助しようとした人が死んで荒れまくるとか、「潜水士ってのは想像していたよりも遥かに過酷な仕事なんだ」と環菜が意識する場面を入れないと、今更何言ってんだという気がしてくる。

 今回描かれた不審船の追跡・射撃はまさにその「想像していなかった現実」にあたるもので、なぜこれより前にわざわざこの恋愛問題をねじこんだのかが疑問。トラブル直後に泣き言をいうより、普段から悩んでいる方が重みがあるように見えるという判断だろうか。まあ、あからさまにトラブル直前にもってきても、あざとく見えるだけなのだが。

 不審船に近づいて緊張高まる巡視船ながれ。冒頭に続いてこのシーンの BGM チョイスはどうよ。このドラマ用に作曲された BGM には、盛り上がるシーンで使う曲が1つしかないのか? 確かに気持ちの高揚を感じさせる曲ではあるが、どちらかといえば荘厳・雄大といった前向きな印象で、緊張感と共に恐れ・戸惑い・迷いなどの感情が入り交じる場面に適しているとは思えない。
 映画音楽では定番のパターンとして、1つのメロディーを使ってコミカル・シリアス・アクション・ロマンスといった様々な BGM を作成し、シーンにあわせたバラエティ豊かな曲を用意すると共に全体の統一を図るという手法がある。
 このメロディーがどれだけ好きかは知らないが、せめてこのようなやりかたでシーンにあわせた BGM を作って欲しい。

 箱から取り出した「実弾」という現実を前にして戸惑い、自分の考えに無理がある事を自覚しつつも、あれが不審船でない理由を無理矢理まくしたてて池澤に同意を求めようとする仙崎。このあたりの流れはなかなか良かっただけに、前述の BGM が全てをブチ壊してしまったのは惜しい。
 エピソード全体として来週以降の準備期間なのだが、第2話同様ずいぶんわちゃわちゃとして散漫な印象を受けた。

 細かいところだが、現場での監視とコックをやっている後輩を潜水士に誘うシーンで、当人に今の役職を好きでやっているのかどうかを聞きもしないあたりが気になった。まるで「いつまでも見習いやってないで一人前になれ」とばかりの物言いだったが、海上保安庁における監視員とコックの扱いとはそんなものなんだろうか。
 監視は言うまでもなく重要だし、乗組員の活力となる食事を作る事もやりがいのある仕事だと思う。多くの人が潜水士に憧れるのは間違いないだろうが、コックに誇りを持ち、「むしろコックをやりたい」なんて人だっているのではないだろうか。
 もちろん、潜水士がメインの作品なのでコックが前面にでて活躍しなくてもいいのだが「おまえ、コックって仕事にやりたくてやってんのか」「いや、まあ、潜水士は確かにやりがいありそうですけど、でも、コックも結構いいですよ」「結構とかコックもとかじゃなくて、やりたくてやってんのか、って話だよ」「それは......まあ...」なんて会話でも挟んであれば随分違っていたと思う。

EVOLUTION 7 人を殺した

う〜ん。まあ無難にまとまってはいたが食い足りない感じ。これまでも潜水士である夫への接し方と、そんな妻に対する態度がちょこちょこと描かれていた池澤夫妻の方はそれなりに見られたのだが、仙崎と環菜の方は単に「仕事と私どっちを取るの、と言ってケンカした恋人同士が仲直りしましたとさ」てな印象。
 もちろん、現状で環菜が妙に悟りきってしまうよりは遥かにマシなのだが、7話なんて段階でこんな風に描くよりも、もう少し後にもってきて二人を一歩成長させるか、もっと軽い出来事で今回のような「プチ別れ」を描いた方が良かったと思う。

 ミもフタもない言い方をしてしまえば、今回の出来事では仙崎も環菜もほとんど成長していない。仙崎に潜水士という仕事に対する覚悟が出来た訳でもないし、潜水士として女性を愛する事に.....答えとまではいかなくとも.....なんらかの考えを見いだした訳でもない。対する環菜も、潜水士とそれを誇りに思う仙崎に対する考えが見えた訳でもない。

 池澤夫妻が深めた絆の中には「潜水士」というものが存在していたが、仙崎と環菜の間にまだそれは(ほとんど)ない。確かに言葉の上では「私が支えになるから」と言っているが、潜水士としての仙崎を明確に意識しない限り、それは単なる意気込みでしかない。
 これまでのエピソードにそういったシーンが無かったから.....と言ってしまえばそれまでだが、仙崎を追う前に環菜が思い出したのは、どれも「男・仙崎」であって「潜水士・仙崎」ではなかった。(潜水士という職業について何か考えたり話したりしている場面はもちろん、制服を着ている姿すら思い出さなかった)
 つまり、今はまだ「潜水士である事も含めて仙崎を支える」というよりも、ただ単純に「仙崎という男性が好きだから支えたい」というのに過ぎない。(これに対し池澤夫妻は、銃を撃った手で子供のいるお腹を触れないという池澤に対し、妻は「何があってもあなたはあなたよ。この子のパパなんだから」と言ってその手をおなかに重ねていた)

 もちろん、成長しないからダメというわけではない。ケンカする度に成長する恋人同士なんていやしないし、まして付き合い始めとなればなおさらだ。むしろこういった、なんでもない復活を重ねて池澤夫妻のような形になるほうが自然だろう。
 そういった意味では「潜水士カップルとしてはさほど成長していない復活劇」は良いと思うが、だからこそきっかけをもっと軽い出来事にすべきだった。10数話という短い間でもう一度、そして今度こそ潜水士という職業を含めた絆の深まりを描くには、さらに大きくショッキングな出来事を絡めるしかない。
 フィクションというのは言うまでもなく作り物で、そこで起きるアクシデントは、余程丁寧に描かないとある程度大きくなった途端興ざめしてしまう。そして、今回の出来事はその境界にあるように思う。(早速次回予告で池澤が撃たれていたが)

 まあ一番の心配は、今後もっと大げさな事件が起きるかどうかよりも、制作者は今回のエピソードで、「仙崎と環菜は潜水士とその恋人として一回り大きくなった」と描いたつもりになっているのではないか、という点だ。

EVOLUTION 8 池澤、死す

池澤、シージャック犯の銃撃を受けて死亡。海上保安庁潜水士の「危険」ってそういう事じゃないだろ。これ以降の描き方を見てみないとなんとも言えないが、率直にこう感じた。

 初めて池澤が仙崎を褒めるというキーになる出来事を人命救助にからめる流れは、分かりやすく盛り上がると言ってしまえばそれまでだが、「潜水士を描く」という側面から見ると疑問だ。
 人命救助は、もちろん海上保安庁の潜水士にとって重大な事で(潜水士に限らずともだが)、助けた事自体はブラボーでハッピーだ。素人がそんな仙崎を称えるのは問題ないし、プロフェッショナルである池澤があの場面でよくやったと声をかける行為も間違ってはいないだろう。
 しかし、フィクションにおいて先輩が後輩を褒める場面には、単純に良い結果が出た事を労う気持ち以上に、後輩を認めるという意味合いが含まれる。いや、含まれるというかあえてその関係性の上で褒める・褒められるという場面を描くなら「後輩を認める」という意味合いにする必要がある。そうでないなら、褒める人間は先輩でなく、同僚でも後輩でも、さほど関係のない上司でも構わないからだ。

 そういった側面から考えると、今回の仙崎の行為が「褒める」に値する行為である事に間違いはないが、これまでの流れを踏まえた上で池澤が仙崎を「初めて認める」とするにはピントがずれているのだ。現実でも大抵そうだが、フィクションで「初めて認める」からには以前と変わった部分を認めないとしっくり来ない。
 「単に先輩が気づいていなかっただけで、最初から持っていた物をいまさら発見して認める」なんて流れもアリだが、先輩を無能に描きたくないのなら、やはり先輩の指導によって後輩が得たものを認めたほうがすっきりする。この作品で言えば「池澤と渡り合える体力・技術・知識・判断力」といったものだろう。池澤の主張や価値観は終始それらで一貫しており、自らにも、そしてバディにもそれを求めていた。

 ところがこのシーンには、それら池澤が求め続けたもの、仙崎が身につけ始めたものが一切現れていない。救出に向かった海の中で、以前の仙崎では突破不可能な難関にぶつかったのかもしれないが、それは画面に描かれてもいなれば当然池澤が知る所でもない。コッチコッチと時計の針の SE がうるさい画面の中にあったのは、真っ先に飛び込んで要救助者を抱えて浮かんで来た仙崎の姿だけだ。

 例えば、池澤と仙崎の関係が「仙崎はこれまで、恐がって一歩を踏み出せず大事な場面で出遅れたりする事がたびたびあり、池澤はそんな仙崎を認められずにいた」といったものなら、真っ先に飛び込むという行為こそが「成長」であり、それを見た先輩池澤が褒めるという流れも自然だろう。
 しかし、仙崎はむしろ諭されるほどに前へ前へと進もうとする人間で、第1話の彼でも躊躇する事なく海に飛び込み、今回と同じように要救助者を抱えて浮かんで来たに違いない。(海中で第1話以降に身につけた技術が役に立ったかもしれないが、フィクションにおいて画面に描かれないものは無いのと同じ)

 仙崎が成長してきているのは間違いないが、だからこそ池澤が認めるのは成長著しい部分でなくてはいけない。

EVOLUTION 9 失われた夏を求めて

池澤殺す必要なし。これなら一人残されてしまった池澤の妻以外は、仙崎が任務でヘマすれば描ける内容。ヘマやって池澤に愛想尽かされて(実際は、ヘマ以上にそれに落ち込む池澤に愛想を尽かしたといった感じで)今回のように訓練地に送られればいいだけ。残された池澤の妻に関する描写もごく薄いもので「泣かせるポイントです」という以上の意味は見いだせなかった。

 池澤を撃ったと思われるシージャック犯の救助に向かわなかったことを掘り下げれば、多少意味があったかもしれないが、その辺りもほとんど触れぬまま。まあ、あの状況で救助に向かわない事を職業倫理に絡めて語ろうとすると一筋縄ではいかないが。

 潜水士を描いたドラマというより、泣かせるギミックとして潜水士が登場する感動話。「バディが死ぬ事は最初から覚悟しているはず」なんていう、復帰を目指す先輩潜水士の話があったが、そこで想像される死とは少なくとも銃で撃たれる事ではないだろう。
 もちろん、死に様がどうあれ「バディの死を覚悟している」事には変わりはないのだが、ドラマとしてこの状況でそう言わせるのは違和感があった。

 フィクションで人が死ぬだけで脊髄反射的にダメだ駄作だと叫ぶつもりは無いが、今回の池澤の死はダメで駄作なパターン。フィクションとは言うまでもなく脚本家や演出家といった神が全てを作り出した世界であり、そこで起きる出来事は全てその神によって管理されている。
 大きな事件が起きた時には、それ相応の意味が無くてはいけないし、登場人物達が狼狽する姿の後ろに、ほくそ笑む神の顔が見えてはいけない。

 「よ、ここで信頼する先輩が死ぬってのどうよ」.....まるで、神が隣に立って自慢げに自分の世界で起こした事件を解説しているかのようだ。

EVOLUTION 10 命にかえて

仙崎と環菜っていくつだよ。キミらは純情コーコーセイかい。仙崎は27歳らしいけど環菜だってそう離れてはいないだろう。(公式ページによると25歳らしい)
 夫を海難事故で亡くしたから、娘が海に関連した職業の男と付き合う事を認めないってのもイマイチよーわからん。これなら、描写ウスウスの「娘と会うのはもう最後」っていう隊長さんの家庭事情の方がまだ理解できる。まあ、後輩の「親っていうのは子供の事となるとムキになるんスかねぇ」という言葉に集約されるって事なんだろうが、相変わらずの薄っぺらぶり。仙崎がきっちりケジメをつけようとするところは良かったが。

 って、その娘が遭難かよ。EVOLUTION 6 からこっち「これこれお客さんどーですかい」と言わんばかりのネタばかりを連発してきてゲップ気味。もちろん、ネタが派手でもその出来事でなければ描けないドラマが存在していれば何の問題もないのだが、この作品の場合派手さは単なるハッタリにしかなってない。

 意識しているのか、知らず知らずのうちに後を辿っているのか、仙崎が後輩に対して以前の池澤のようにふるまっているあたりは定番ながら良かったのに。派手ハデなエピソードで気を引こうとしなくても、つまらない....ように見える....任務、人命もかかってない....が、非常に危険で意味のある....現場、取るに足りない....しかし、潜水士という職業の連なりを示す....先輩・後輩の関係など、そういったものを見せて欲しかった。

 次回(最終回)予告を見ても悪い方への期待が膨らむばかりで、「ナースのお仕事」に匹敵する駄作臭をプンプンと感じる。当然最終回はまだ見ていないが、おそらく見終わっても予感が実感に変わるだけだろう。

 ところで、船長はこれまで隊長と親しげだったのに、子供の名前も知らないのか?

EVOLUTION 11(最終回)

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 ありゃりゃ、言うに事欠いて「ユイちゃんの命を人に任せるんですか。それが冷静な判断なんですか。ユイちゃんの命を救えるのは特救隊じゃない、隊長と、ここにいるオレたちです」と来た。海難事故の被害者に身内を持って来た時点で想像したセリフそのものだが、実にあっぱれなクソっぷり。
 特救隊の到着を待たずに救助を開始した事自体はアリだと思う。しかし、何を思いその行動に至り、その行動がどんな意味をもっているのかという部分の描き方が最悪。海猿というタイトルを名乗り「潜水士のドラマです〜」なんて事を言うからには、この部分こそが最も大事にすべき所なのだ。それを素人が片手間に書いた小説のような展開で押し切るとはイイ度胸してる。

 落ち着いてから「身内がいた現場」ってのを描くのかと思いきや、ウッスウスの描写でよく分からないうちに終了。「父親としては当然だが、潜水士としては失格」という隊長の言葉自体は良かったと思うが、ここでの焦点は生きて帰るという潜水士の鉄則を忘れた事ではなく、その前の段階、特救隊を待たなかった事にすべきだろう。
 そもそも、なぜ隊長として「特救隊を待つ」という判断を下したのかと言えば、あの状況で人命救助が成功する確率が最も高い手段だったからだ。政治的な理由で特救隊を待てと言われた訳でもなければ、何かを怖がっている訳でもない。

 この部分の描写の悪さは、大きく分けて3つある。まず1つめは待つ理由の詳細が語られていないことだ。上に「人命救助」と書いたが、いち隊員ならもちろん、それらを束ねる隊長であれば、この「人命」には娘と共に隊員の命も含まれている。
 つまり、特救隊を待って生存確率が上がるのが、娘なのか、隊員なのかをきっちり描いておく必要がある。(特救隊が来た場合は、当然救助に向かう特救隊員の生存率)特救隊を待った結果、生存確率が上がるのが娘なら、単に「早く助けたい」「身内は自らの手で」などと考える人間はドアホウだ。「オレが助ける」と言いながら、交通事故にあった恋人の腹を開けて難しい手術をしようとしている研修医がいたら、殴ってでも「名医の○○さんが来るのを待て」と止めるのが先輩ってものだ。
 もっとも、(フィクションとしての都合とはいえ)特救隊を待たないという判断を下しているのだから、おそらく生存確率が上がるのは隊員(特救隊員)だったのだろう。これを劇中で描こうとするなら「ばかやろう、こんな装備で潜ったら娘以上にお前たちが危ないんだ」とでも言わせればいい。

 そして2つめはその判断を下してからの事だ。物語として、そして劇中の仙崎が特救隊を待たなかった隊長の判断を支持したのは、あの瞬間彼が「娘はもちろん隊員たちの命も救う」潜水士から「何がなんでも、娘の命だけは救いたい」父親に変わったからだ。(この判断は上に書いたように、生存率が上がるのが隊員である事を前提としているが、確率が上がるのが娘であっても同じ事。いや、同じではなくより強烈。なんせ、安全に救えるかもしれない特救隊よりも、自らの手で救いたいという感情から隊長を捨てて父親になったのだから)
 そして、父親として娘のもとに向かった彼が「生きて帰るという潜水士の鉄則」よりも「娘が助かりさえすればオレの命は捨ててもいいという父親の感情」を優先させたのは、むしろ当然であるべきなのだ。

 つまり、あえて潜水士失格と言うのなら、それは特救隊を待たなかった判断に対してであり、父親へとスイッチが切り替わった後の行動は関係ないのだ。

 最後、3つめにして最悪の点が、実際の劇中ではあの判断が潜水士のまま下したと描かれている事だ。1つめと2つめの指摘は「流れ的に言えばこう描くはず」という内容だが、それらを忘れて劇中で実際に描かれたものに目を向けると、彼は終始潜水士だったという事になっている。だからこそ鉄則を忘れた事が重要であり、それを理由に引退を決意したのだろう。
 しかし、それはつまり潜水士でいながら要救助者が誰であるかによって判断を変えた事に他ならない。これは、潜水士を侮辱する描写だ。

 ここで言う潜水士とは、潜水士という職業に就いている人ではなく「潜水士という職業そのもの」を指す。その潜水士とは要救助者を助ける人であって、目の前のこの人を助けたいと願う人ではない。感情的にはマイナス方向だが、池澤を撃った犯人を憎みながら要救助者であると助けた事がそれをよく表している。
 「 "潜水士という職業に就いている人" は目の前にいるのが身内であろうとも、いつも通り救助活動をしなくてはいけない、救助活動をする聖人君子ばかりだ(だから、これは最大級の侮辱だ)」と言いたいのではない。
 2人のうち1人しか助けられない状況で身内を選んでしまった潜水士がいたとして、多くの人は彼を責めないだろうし、オレも当然責めはしない。それは、彼が潜水士である前に夫や父親として愛する人の命を救ったからだ。だからこそその行動を、そして、その瞬間潜水士という職業から離れてしまった事を支持する。(言うまでもないが、助けられる確率が高い方を選んだら身内だった、という場合は潜水士のまま)

 「潜水士という職業に就く人」が「目の前のこの人を助けたいと願う人」に変わるのは仕方が無いが、その時点でその人は潜水士ではない、つまり、隊長は判断を覆した時点で既に潜水士ではなく父だったのだ。
 にもかかわらず、生きて帰るという鉄則を忘れるまでは潜水士であったとする描写は、潜水士を侮辱していると言わざるを得ないだろう。

 この部分だけでもかなりトホホだが、それ以外も娘の呼びかけにピクリと反応して命を吹き返した隊長に、これからも1ヶ月に1回ユイに会ってやってなんて事をのたまう元妻、その上やっとこ現場復帰した同僚と最後の訓練と来た。よくもまあ、これだけくだらない展開ばかりを並べられるものだ。

 仙崎が環菜の母親にきっちりケジメをつけるのは良かったが、母親、環菜、仙崎という三人全員の描写が不足しているため、あーはいはいと言ったところ。環菜の母親は「ちょっと会わないうちに、こんな大人になっちゃって」という感想をもらしていたが、毎週欠かさず.....野球中継で放送時間がズレても、次の「がんばっていきまっしょい」を続けてタイマー録画しているので、途中でぷっつり切れる事もなく.....見ていたオレとしては「ずっと見ていてのに、いきなり大人になって」と言いたい気分だ。

 EVOLUTION 10 での次回予告を見て期待した以上の最終回だった。期待した以上にクソったれな、流石フジテレビと言いたくなる駄作だった。

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