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仮面ライダー響鬼(全 5 件)

仮面ライダー響鬼 一之巻 〜 十之巻

Review > TV > 仮面ライダー響鬼
2005年4月 9日 01:44

基本情報

東映公式ページ  テレビ朝日系列:日曜8時 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第6作。鬼に変身する能力を持つ青年ヒビキが、魔化魍(まかもう)と呼ばれる魔物から人々を守る活躍を描く。鬼や魔化魍、そしてその対立には古くからの歴史があり、ヒビキは猛士(たけし)と呼ばれる組織に属している。猛士は魔化魍出現の監視や討伐スケジュール管理も行うなど、極めてシステム化された組織のようで、設定上職業として仮面ライダーになっていた前作「仮面ライダー剣」よりも遥かに仕事として魔物退治を行っている。
 これまでのシリーズでは主役をはじめ若い新人俳優でキャストを固めるのが半ば恒例となっていたが、今回の主役は既に役者としてキャリアのある細川茂樹が演じている。

一之巻 〜 十之巻 概観

「画面に描かれているものが全てです」 十話まで見てきて感じた、この作品の物語的・演出的原則がこれ。裏を返せば「全て画面に描いて語ります」といったところ。
 謎の人物やキーワードをわざとらしく配置したり、画面外に何かを匂わせるといったハッタリは一切無く、素直に手前から1枚ずつ紙をめくるように本筋に迫って行くストーリー。定番だから後は察してください、お馴染みなんで飛ばしていきますね、などの手抜きがほとんど無い人物・状況描写。輪郭線をさらっと描いて済ますのではなく、外側と内側の色を丁寧に塗る事で存在感を出す演出。これら、長編というフォーマットを十二分に生かした贅沢な時間の使い方が非常にうまい。
 飄々としてどこか抜けているけど真っ直ぐでカッコいいヒビキ。そんなヒビキに素直に憧れつつ、情けない自分に悩む等身大の中学生明日夢。十話に至ってもまだ敵の正体が全くわからない状態なのだが、この2人を始めとする人物と、彼らの日常が丁寧かつ魅力的に描かれるためぐいぐいと画面に引き込まれてしまう。

 一方で残念なのがバトルシーン。あまりにも稚拙な合成は論外として、敵の強さが垣間みられるシーンがほとんどなく盛り上がりに欠ける。まあ、合成は別にして、敵の強さに関しては徹底したリアル路線を考えると物語的にはこれくらいのパワーバランスでないと話がおかしくなるのかもしれない。(ヒビキたちは完全にシステム化された組織に所属して敵と闘っているので、1人で処理をまかされるような敵はそれなりのレベルであるはず)

 途中まではじっくり描いていたのに、後半いろいろ詰め込んですっとばした挙げ句、最後は風呂敷をたためていない。これが、オレにとってのクウガ・アギト以外の平成ライダーシリーズのイメージなのだが、ぜひ不用意な詰め込みをする事なく今のペースで物語を見せ続けて欲しい。

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仮面ライダー響鬼 十一之巻 〜 二十之巻

Review > TV > 仮面ライダー響鬼
2005年6月15日 00:05

基本情報

東映公式ページ  テレビ朝日系列:日曜8時 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第6作。鬼に変身する能力を持つ青年ヒビキが、魔化魍(まかもう)と呼ばれる魔物から人々を守る活躍を描く。鬼や魔化魍の存在、そしてその対立には古くからの歴史があり、ヒビキは猛士(たけし)と呼ばれる組織に属している。猛士は魔化魍出現の監視や討伐スケジュール管理も行うなど極めてシステム化された組織で、設定上職業として仮面ライダーになっていた前作「仮面ライダー剣」よりも遥かに仕事然と魔物退治を行っている。
 これまでのシリーズでは主役をはじめ若い新人俳優でキャストを固めるのが半ば恒例となっていたが、今回の主役は既に役者としてキャリアのある細川茂樹が演じている。

十一之巻 〜 二十之巻 概観

全て画面に描いて語るという基本は変わらず。猛士という組織に所属して闘っているという「っぽさ」の演出を随所にちりばめて世界観をかため、その中で響鬼、威吹鬼、斬鬼、轟鬼という鬼とそのサポートメンバー達が生き生きと動き回っている様子を克明に描き出している。

 話のスピードは早くもならず遅くもならず、一之巻から同じようなペースでじわりじわりと前に進んでいる。敵は何か最終目的めいた事を言うでもなく、猛士側もあくまで害虫退治的に出て来た魔化魍を叩くだけ。善対悪という面では大がかりな仕掛けが全くと言っていいほど無いのだが、これもまた猛士と魔化魍の闘いがはるか昔から続いている事を考えれば理にかなっている。

 主役のヒビキ、明日夢を始めとして魅力的なキャラクターが多く、イブキ・アキラやトドロキ・ザンキといったパートナー同士の関係の描き方も非常に上手い。特にトドロキ・ザンキ組は体育会系の先輩後輩を彷彿とさせ、自分の高校時代を思い出して遠い目になることもしばしば...

 明日夢もやっと自ら動き出した様子で、これから先どうなっていくのかが楽しみ。

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仮面ライダー響鬼 二十一之巻 〜 三十之巻

Review > TV > 仮面ライダー響鬼
2005年9月14日 12:52

基本情報

東映公式ページ  テレビ朝日系列:日曜8時 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第6作。鬼に変身する能力を持つ青年ヒビキが、魔化魍(まかもう)と呼ばれる魔物から人々を守る活躍を描く。鬼や魔化魍の存在、そしてその対立には古くからの歴史があり、ヒビキは猛士(たけし)と呼ばれる組織に属している。猛士は魔化魍出現の監視や討伐スケジュール管理も行うなど極めてシステム化された組織で、設定上職業として仮面ライダーになっていた前作「仮面ライダー剣」よりも遥かに仕事然と魔物退治を行っている。
 これまでのシリーズでは主役をはじめ若い新人俳優でキャストを固めるのが半ば恒例となっていたが、今回の主役は既に役者としてキャリアのある細川茂樹が演じている。

二十一之巻 〜 三十之巻 概観

ヒビキや明日夢たちの日常を淡々と描く展開は変わらず。魔化魍たちが世界征服を叫ぶでもなく、ヒビキたちが大事件に巻き込まれるわけでもない。ただじっくりと、少しずつ強くなる明日夢と、その遥か前に立ち「ついて来いよ」と背中で語るヒビキが描かれていた。

 また、猛士や鬼といったものを超常的で荒唐無稽・唯一無二な存在とするのではなく、明確な現実感を与えようとする描写が豊富だった。その最たる例は、響鬼が一之巻からトレードマークとして使用していた太鼓のバチをモチーフにした武器に他の鬼用のものがあり、ごく普通に敵によって使い分けている点だ。
 一般的にヒーロー物では、各キャラクターが扱う武器はそれぞれの個性という位置づけであり、よほどの事が無い限り他の人物がそれを用いて闘う事は無い。(ごく基本的なものや共通する武器は別)
 しかし、実際に組織を構えて永きに渡って魔化魍と闘っているとするならば、これまで蓄積した情報と知識を基に、効率的に闘えるように武器を使い分けることはごく当然である。この作品において鬼が扱う武器は、物語としてキャラクターを特徴づけるアイテムである以前に「魔化魍という悪者を倒すための道具」である事が踏まえられていた。

 こういった道具の使い分けや、ヒビキたち鬼が魔化魍に立ち向かうときの姿勢を考えると、仮面ライダー響鬼は、超常的なヒーローが未知のパワーで悪を打ち倒す物語というより、人に害をなす存在から力を合わせて身を守ろうという、警察や消防といった話に近いような気もする。(前述の武器の使い分けも、言うなれば消防という火と闘う組織が、災害現場の状況に応じて装備品・出動車を変える事に似ている)

 「現実的な物語」とは、現実の世界で起きる出来事を扱った物語という意味ではない。「ある事実が存在する時、世界はどうなるか」物語における現実感とはここに集約される。これが無ければいくら現実の出来事を扱っても嘘にしか見えないし、これがあれば現実にあり得ない話だろうと、そこに描かれるものは明確な存在感と現実感を持つ。
 鬼、魔化魍、ヒビキ、明日夢。それらの現実感を出す事に相当の時間と手間がかけられ、またそこに重点を置くという狙いは、終始ずっとブレる事がなかった。

 消防士と少年のふれあいを描いた「仮面ライダー響鬼」は二十九之巻で終わり、今後は「いわゆるヒーロー物」になるのだろう。

仮面ライダー響鬼

 オレにとって「仮面ライダー響鬼」という作品は一之巻から二十九之巻を指す。これは別にそれ以降を拒絶・否定するという意味ではない。この作品を「仮面ライダー響鬼」たらしめていたのは、ストーリー以上にその語り口だった。

 物語臭(制作者の意図)を感じさせる展開やセリフをなるべく廃し、派手なエピソードを盛り込まずに、ヒビキや明日夢といった登場人物の日常を切り取る。思わせぶりに謎をちりばめて興味を引く事をほとんどせず、全てを画面で見せて描き、逆に画面に描かれていない部分は存在しないという路線を貫く。

 そして、それは二十九之巻で終了した。「おはなし」は繋がっているが、三十之巻以降は分かりやすさを前面に押し出した展開となり、いわばこれまでと正反対の語り口となっている。(ここで言う分かりやすさとは、理解しやすさではなく「フィクションの文法」としての分かりやすさ)

 柱となる部分が異なるなら、それは区別して考えた方が分かりやすい。三十之巻以降を拒絶・否定しているのではなく単純に区別して捉え、「仮面ライダー響鬼 = 登場人物の日常を切り取ったように見せた作品」だから、一之巻から二十九之巻とイコールで結ばれるというだけの事である。

 オレにとっての仮面ライダー響鬼は一之巻から二十九之巻までの物語でした。この素晴らしい作品を作ってくださったスタッフの皆さん、ありがとうございます。

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仮面ライダー響鬼 三十一之巻 〜 四十之巻

Review > TV > 仮面ライダー響鬼
2005年12月 2日 01:18

基本情報

東映公式ページ  テレビ朝日系列:日曜8時 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第6作。鬼に変身する能力を持つ青年ヒビキが、魔化魍(まかもう)と呼ばれる魔物から人々を守る活躍を描く。
 これまでのシリーズでは主役をはじめ若い新人俳優でキャストを固めるのが半ば恒例となっていたが、今回の主役は既に役者としてキャリアのある細川茂樹が演じている。

 二十九之巻から脚本家を含めた大幅なスタッフ変更が行われ、以前の作品とは別物になった。オレにとって「仮面ライダー響鬼」とは一之巻から二十九之巻を指すもので、それ以降は別の作品と捉えている。ただし、それは三十之巻以降を拒絶している訳では無く、そう区切っておかないとこれまでの流れを踏まえた上で感想を書く事が困難だからである。

三十一之巻 〜 四十之巻 概観

派手でキャッチーで、展開も早く語り口は王道にして明快。子供むけヒーローものとしてごくオーソドックスな十話だった。
 しかし、劇中では現実であるはずの物語の中に「作為」の姿が見え隠れし、その割合は回を追う毎に増していった。特に三十七之巻以降は「はいはいみなまで言うな」といった内容で、いいトシした人間が見るには辛いものがあった。(ただし、三十六之巻は素晴らしい内容だった)

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仮面ライダー響鬼 四十一之巻 〜 四十八之巻(最終回)

Review > TV > 仮面ライダー響鬼
2006年1月25日 16:34

基本情報

東映公式ページ  テレビ朝日系列:日曜8時 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第6作。鬼に変身する能力を持つ青年ヒビキが、魔化魍(まかもう)と呼ばれる魔物から人々を守る活躍を描く。
 これまでのシリーズでは主役をはじめ若い新人俳優でキャストを固めるのが半ば恒例となっていたが、今回の主役は既に役者としてキャリアのある細川茂樹が演じている。

 二十九之巻から脚本家を含めた大幅なスタッフ変更が行われ、質の悪い子供騙し作品となった挙げ句、想像を絶する最終回を描いてみせた。

四十一之巻 〜 四十八之巻(最終回) 概観

こういう話を見せたいからこんな事件を、こんなやりとりを、こんな人物を。

 どんなフィクションであっても作り物であるからには制作者の意図によってお話は作られるのだが、そういった思惑をいかに感じさないかが重要。「あれがああなって、だから次にこれがこうなって」という話の組み立て自体は比較的ツボがおさえられていたと思うが、それぞれの「ああなって・こうなって」があまりにも足早で描かれてしまった為に興ざめしてしまった。
 三十之巻の裏方交代直後からその片鱗は見え隠れしていたのだが、四十之巻前後からその傾向は加速度的に進んでいった。

 そしてその真骨頂が最終回。個別の感想ではクソミソに書いたが、実際のところ上に書いたように「あれがああなったからこうなって」という話の組み立て自体は間違っていないと思う。各シーンを箇条書きにして矢印でつなげばオーソドックスな物語としての流れはおさえているだろう。しかし、それぞれの場面がシチュエーションからして無理やりな為に、唖然とするしか無かった。

 なんというか、もの凄い早口でレシピをまくしたてながら目にも止まらない速さで調理を行い、途中経過の映像をときどき挟みつつ、こっちの理解はおかまいなしに「以上のような手順で出来上がりです」と完成品を見せて締める料理番組のよう。
 出来上がったのはどこかで見たようなオーソドックスなメニューなので、なんとなく味が想像できるというのがなんとも皮肉。

 最終回を含めたラスト3回ほどでいきなり「ここから先は君が作ってね、で、この紙に書いてある展開は必ず入れるように」と言われたのならこのラストも止む無しといった感じ。そういった裏方の事情は想像するしかなく、どのような縛りがあったのかは分からないが、どう描くか以前に、それを話に盛り込むかどうかの絞り込みが必要だったと思う。

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