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TV(全 22 件)

仮面ライダーカブト 第1話 〜 第10話

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2006年3月 4日 19:05

基本情報

東映公式
 仮面ライダークウガから始まったリアル路線の平成仮面ライダーシリーズ第7作。世界はオレを中心に回っていると公言してはばからない唯我独尊おばあちゃんっ子天道と、過去に何かをかかえつつワーム対策組織ゼクトに所属する加賀美という2人が主人公。

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相変わらず猪突猛進で、悲しい事にそのまっすぐさがことごとく裏目裏目に出てしまう加賀美。

 ゼクト本部の不穏な動きに気づき、その裏にある目的を見極めるべく冷静に行動しようとする天道に対し、ゼクト本部はもちろん天道の真意さえも分からない加賀美。
 7年前の隕石事件で心に傷を負ったひよりの支えになると宣言した天道に対し、バイト先の店長にひよりのフォローを頼まれたにも関わらず放ったらかしにしてしまう加賀美。

 前者は何よりも被害者を守ることを考えた行動であり、後者もまた、加賀美はひよりがそこまでの助けを必要としている事を知らないので、人の生死がかかったワーム事件を優先させるのは当然。
 「なにやってんだよ加賀美ぃ」というのは全てを知っている観客の立場だからこそ浮かぶ感想であり、正義感溢れるまっすぐな青年の行動としては正しい。
 とはいえ、2人いる主人公の片っぽがこうも空回りっつーのはなんとも可哀想だ。ライダー方面ではおいしい所を全て天道に持っていかれているので、普段の人間関係で少々活躍させてあげても良かった気が。まあ、このあたりはこれから先いくらでも描く場面があるのだろう。

 雨の中のクロックアップバトルをより格好よく見せた CG による水滴の表現も見事だったが、冒頭の、おじさんが敵に生気を吸い取られ干涸びて死んでいくシーンは目を見張った。実物の人形を使った特撮ではなく CG だと思うが、目や鼻などの凹凸がしぼんでいく際の崩れ方のバランスがなんとも自然。さらに頬やアゴなど平らな部分はしぼむにしたがってシワが寄り、内部が空洞である頬はえぐれていく様子まできっちり描かれていた。
 単に肌が土気色になり小さくなっていくといった記号的な描き方では得られないリアルさがあり、細かなシーンでもこれだけのクオリティの映像を作るスタッフのこだわりに感心してしまった。

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僕の生きる道

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2005年1月 1日 11:00

基本情報

突然余命一年を宣告された平凡な高校教師のその後を描いたドラマ。フジテレビ系列で2004年1月〜3月に放送され、放送中・放送後に大きな話題を呼んだ。話的なつながりは無いが、後に草なぎ剛主演で「僕と彼女と彼女の生きる道」というドラマも制作された。出演は草なぎ剛、矢田亜希子、大杉漣など。

シリーズ総観

前半は出来が良く、特に第一話・二話は圧巻で主人公に襲いかかった突然の事態が、他ならぬ本人にとってどれほどの意味を持つのかという事が克明に描かれていた。その後五話くらいまでは丁寧な描写が続くものの、中盤〜後半は三文芝居に転落。悲しい物語が見たい人のための悲劇としてはそれなりの出来かもしれないが、「僕の生きる道」というタイトルと番宣のキャッチコピーを考えるとなんとも情けない内容。これなら2時間くらいの単発スペシャルドラマとして放送すれば良かった気がする。

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危険なアネキ

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2005年12月27日 00:20

基本情報

公式ページ  フジテレビ系列:月曜21時

 美人だがのほほんと無邪気すぎる姉・寛子と、そんな姉に振り回される弟・勇太郎のドタバタを描いたコメディ。家業の酒蔵が倒産し、父親を亡くした上に借金を背負った寛子は、研修医として医大に通う弟の家にころがりこんできた.... 出演は伊東美咲・森山未來・高嶋政伸・釈由美子・濱田マリほか。
 公式ページトップの画像、主演の伊東美咲・森山未來両名ともヘンな顔で写ってるけど、事務所的にあれはオッケーなのか。

概観

1話で描いたノリをずっと進めて欲しかった。全体的に「アネキはさほど危険ではなく、どこまで行っても素直ないいコであり、間違っているのは複雑で小難しい周囲」という流れになってしまっており、その「小難しい周囲」の役を一手に引き受けていた弟くんがあまりに不憫だった。
 10もエピソードがあるんだから、1つや2つくらいアネキの真っ直ぐさで解決できずに反省する....文字通り危険なアネキなエピソード.....があっても良かったのではないだろうか。

 また、かつて姉弟を捨てたという母親が登場するも、その理由や、母親がいなかった事が弟くん(の少年時代と現在に)にどんな影響を与えたかには全くと言っていいほど触れられない始末。そのうえドラマ全体から「弟くん、意地張ってないでお母さん許してやれよ」包囲網に取り囲まれ、ますます肩身の狭いことに。つか、ここまで描写不足になるなら母親なんて出すなよと思う。

 弟くんは、いなくなってしまった母親、無邪気すぎる姉という2人の為に、早く大人にならざるを得なかったのだが、劇中でそれがうまく描かれることはなく、ひたすら頭が固く融通の利かない人間になってしまっていた。

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女王の教室

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2005年9月27日 23:12

中盤までを見た感想

このドラマ、興味がありちょこちょこと見ているのだが感想は書いていない。というのも、どうせ終盤では「実はいい人なんです。あんな事もこんな事もきちんと意図があったんですよ」といった展開になると思っているからだ。
 女王とやらを掛け値無しの非道の人物として描き、クラス一丸となってそいつを倒して、ラストには「えーんえーん」と女王が間違いを認めて小さくなるという、文字通り悪しき女王を打ち倒す革命物語になるのなら見る価値もあるのだが、残念ながら土曜の21時ではそういった展開も望めないだろう。
 かといって、本当はいい先生であると描くには行動がイキすぎていて、種明かしからさかのぼって、全てに説明をつけるのは難しい。女王の行動にはこんな意図が...と説明したところで、これまで描かれた内容はデメリットが大きすぎるのだ。
 1の事を教えるのに許されるのはせいぜい2や3の痛みである。いざ社会に出れば10の痛みでようやく1を知る「社会勉強だと思って諦めよう」的な出来事は数多くあるかもしれない。しかし、子供達を導く学校という場で、そんなところまで社会と同じルールを適用しようとする人物は「悪人」か、せいぜい「勘違いした人物」であって、善人に描くのはあまりにも無理がある。(当然まだ最終回は迎えていないので、これらは単なる想像)

 この作品が唯一成立する道があるとすれば、悪である女王を倒し「あいつは悪いやつだったけど、あいつのおかげでこんな事やあんな事を知ることができた。どう考えてもやり過ぎだったけど」とクラス一同が悟る結末だと思う。

 なお「この種の話は見飽きたからダメ」という感想を持っているのではない。あくまで種明かしが破綻する事が目に見えているため興味が持てないのだ。(よく描けたベタはむしろ大歓迎だ)
 しかし、上に書いたようにこの作品で描かれたこれまでの内容は、定番の流れで「実はあれは...」で回収できる範囲を超えてしまっている。

 いきなり頬をぶたれた後に「蚊がとまっていた」と言われたとしたら、「えー」と思いつつ相手を殴り返そうとまではしないだろうが、マウントポジションをとられてタコ殴りにされたとしたら、例え頬にいたのが毒グモだとしても相手を何発か殴るまでは許す気になれない。

10話を見ての感想

概ね上に書いた通りの感想。つか、ちょうどマヤ自身が「社会に出たら」という例を挙げていたのでつっこみたかった。
 マヤを確固たる信念を持った人物と描くのは問題無い....というか、そう描くべきだと思うが、これまでの行動も含めて全肯定するってのは無理があるだろう。子供達が「自分の悪いところを認めた上で、自分の気持ちを伝えようとしている(オカマ風の父兄談)」という行動を取ったのだから、マヤもそう描けばいいのに。(まあ、この場合子供たちとマヤの「悪いところ」は多少意味が違うが)

 なんで全部を肯定して、完全無欠の善人でしたって事にしなくちゃいけないんだろ。なんで悪人だと思われてた登場人物の、あの行動もこの行動も、実は全て正しい事でしたって描かなくちゃいけないんだろ。(その方が盛り上がるから)まあ、まだ最終回を迎えていないので、そうなるとは限らないが。

 ところで「マヤに弱みを見せないように、自分たちの生活を見直そう」と生徒達が考えた行動を、いかにも前向きといった風に描いていたが、それって言い方を変えたら「怒られないよう.....逆に言えば怒られるから.....きちんとする」って事であって結局自主性もクソも無いような。
 小学生が決まり事を守る時に、怒られるからという発想が最初に浮かぶのは普通だが、さんざんイジメ抜いて教えた結果がそれってのはあまりにお粗末だ。それともこれは「マヤのやって来たことってさほど意味ねー」「子供って所詮そんなもん」って事なのだろうか。(そりゃま、他人に「怒られるからやっちゃだめ」と言われて渋々従うよりは遥かにマシではあるが)

最終回およびトータルでの感想

真矢を「完全ないいモン」として描くため、教育委員会と教頭先生を保守的な悪役にして、真矢のふてぶてしさを「正義を貫くヒロイン」として見せる。彼女を慕う生徒たちの様子とその成長ぶりによって、これまでの行動が彼らのためになった事を証明する。
 そして、「ごくせん」のごとく颯爽と真矢が現れるところに始まり(殺陣のヘタっぷりには笑ったが)、ボイコットではなく真面目に授業を受けようとする子供達、真矢のシルエットも加わった卒業制作、さらには生徒達の言葉と「仰げば尊し」の合唱という力技で盛り上げる。

 最終回としての出来は非常に良かったと思う。しかし、ラストシーンを見終わっても、作品トータルとしての感想はやはり上に書いた通りだった。「前半の行動は正当化できる範囲を超えてしまっている」といった事を書いたが、それは別の表現をすると「真矢の行動は、劇中で語られた " 子供たちのため " ではなく、単に観客を驚かせて惹き付けるためのものだった」という事だ。

 この作品は、いわば「なんでそんなメンドくせートリック使うの?」と言いたくなる推理小説のようなものである。トリックとは本来、犯人が劇中での(これが重要)疑いを逸らすために使ったり、不可能と思われる状況で犯行を行うために用いられる。しかし出来の悪い推理小説では、それが「読者を騙すため」だけに登場し、犯人がその方法を使う必然性はもちろん、実際に可能かどうかさえも考慮されない。
 フィクションにおいて、いかにうまく観客を騙し、大げさなハッタリをかますかは非常に重要だが、それ以上に大切な事は、種明かしの際に筋が通っているかどうかだ。

 試験の結果のみでクラスの係を決めるってのは、まあアリだろう。世の中に出ればそういった競争の連続だし、学校のテストは「努力すれば誰にでも勝つチャンスがある」という意味では、むしろ将来遭遇するであろう理不尽な競争よりも平等であるかもしれない。
 ただ、そのどこに真矢が語った「勉強とは知らない事を理解するため」という理念があるのだろう。最終的な勉強の意味は未知を知にするためだが、とりあえずはその力の優劣で有利・不利が決まる世の中の仕組みを知れって?
 狡猾な嘘で疑心暗鬼に陥らせて、もしくは脅迫同然の方法を用いて、友人を裏切らせようとする人間が世の中にはいる事を知れって?
 仮にそれを実体験として知ったところで、圧倒的なデメリットに比べて何が得られるのだろう。
 そして、そんな友人に裏切られて絶望的に孤立するような事もあると、さらにそうやって友人を裏切ったら最終的に手痛いしっぺ返しを食らう事があると知れって?
 それは強烈な痛みをもって体験しないと知る事ができないのだろうか。

 種明かしされてから振り返ったとき、これらの事は、フィクションとして見るなら単なる演出でしかなく、劇中に入り込んで見るなら「真矢先生は立派な信念を持っていたかもしれないが、危険な確信犯だった」って事だと思う。「あいつのおかげでこんな事やあんな事を知ることができた。どう考えてもやり過ぎだったけど」か、せめて「やり方に問題はあったが、生徒の事を真剣に考えている先生だった」とった程度で締めれば良かったのに。

危険な確信犯を主役にした出来の悪い推理小説。これがオレにとっての女王の教室だ。

確信犯:それが正しいと信じて疑わず犯罪を犯す人。「知っててやっただろ」的に使われる「確信犯」は誤用。

 なお、上のような間違いと同様、確信犯という言葉そのものに「政治的・宗教的」といった意味が含まれているという誤解も多いが、重要なのは「正しいと信じている(何らかの事柄を確信している)」という部分であり、その内容が政治的・宗教的であるかどうかは関係ない。
 多くの辞典に「政治犯・思想犯・国事犯などに...」と書かれているのは、単に、政治犯・思想犯の多くが確信犯だからに過ぎず、「頭から青汁をかけたら風邪が治る」なんていう政治に全く関係ない事でも、それを心の底から信じて道行く他人に青汁をかけていれば、その人は確信犯になる。

 確信犯は、ドイツの法律用語「Uberzeugungsverbrechen」の直訳で、単純に「Uberzeugungs:確信 verbrechen:犯罪」という2つの言葉が組み合わされているだけである。(U の上にはウムラウト記号がつく)

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富豪刑事

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2005年3月24日 01:54

基本情報

公式ページ  テレビ朝日系列:木曜21時

 筒井康隆原作の同名小説をドラマ化したもの。原作の主人公は常に葉巻をくわえる大富豪の息子だが、ドラマ化に際し孫娘に変更されている。社会勉強とばかりに刑事になった大金持ちのお嬢様がうなる資金力に物を言わせトンデモな捜査で事件を解決するコメディ。主演は深田恭子で他に山下真司や升毅、相島一之なども。特捜戦隊デカレンジャーのデカレッド載寧龍二も刑事つながり(?)で出演。もちろん筒井康隆も出てくる。

シリーズ総観

原作は未読なのでオリジナルとの比較という意味ではなく、どこが富豪刑事なのかと尋ねたくなる作品。毎回ノルマの如く最初に「こんな風にお金を使います」と宣言したかと思うと、次のシーンでは使い終わって普通に捜査を開始しており、さらにその散財ぶりがそれ以降はほとんど関係ないとくる。推理に金持ちならではの着眼点がある訳でもないし、どんでん返しの逆転劇に金がからむでもない。

 もちろんタイトルが富豪刑事だからといって金を使うシーンばかり描く必要は無いのだが、それ以外の部分が総じて面白くないので、それならせめて看板に掲げた部分くらいしっかりやってくれという事である。
 設定自体は面白く、いくらでも話を転がせそうなのに完全に空回りに終わっていた印象。なんとか見られたのは一話・二話・最終話くらいで、後はかなりキツイ。

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