カバー画像

決着

2009年1月31日 10:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

閉幕(コミックス12巻)

 相対するライトとニア。最初で最後のその舞台のために二人は長く準備を続け、そして遂に時は来た。
 捜査員を魅上に張り付かせ、執拗なまでに調べあげ「何か」を行ったニアと、それすらも予測していたライト。さらに、メロによる高田誘拐というアクシデントにすら冷静に対処するライトは、およそ絶対的な優位を確信しながら、その時を待つ....

この先は物語の結末に関わる内容が書かれています。未読の方はご注意ください

入れ物は良いのだが...

 ライトとニアの直接対決、メロの扱い、ライトの演説とニアの返答と、いずれも用意された入れ物はオーソドックスながらうまく組み合わせられていたように思う。
 しかし、それぞれに入れられた物が正しかったかというと、多少疑問が残る。

 まずメロの扱い。最後の誘拐に、あたかも魅上のミスを誘い出す意図があったとすること自体に無理があるが、仮にそうだったとしても、非合法を通り越したこれまでの行動をすっきり忘れて「二人でエルを超えました」とニアに言わせてしまうのはムシが良過ぎだろう。
 ノートを手に入れる際の真贋確認であっさり仲間を殺してしまう人物を容認するなら、自分もそうやって試せば騙される事はなかっただろうに。それとも、自分はやらないが、他人がやるのは構わないというのだろうか。
 エルを偉大な存在としたまま、それを超えたキラを捕らえる展開を描く為に、後継者が力を合わせて立ち向かうという流れ自体は綺麗だと思うが、お膳立てがあまりにもお粗末だ。このエンディングに持って行くなら、もっと慎重にニアとメロの関係、それぞれの行動を描いておく必要があった。

 次に、ライトの演説とニアの回答。ここにきて、再びライトに長々と演説させること自体蛇足的な感もあるが、あえてそれを描いて「正義と悪」をテーマに何かを語ろうとするなら、ライトの演説以上にニアの返答を、強く、大きく描くべきだろう。
 誰一人ライトの味方をしないという事実から、ニアのいう「ここにいる私とあなた以外の者がどう考え何を正しい正義とするのか」は明白なのだが、ここでこそ「天才 vs 天才」で進んでいた物語に、満を持して一般人を登場させるべき時だろう。
 現在の倫理観に照らし合わせるとライトの考えが否定されるのは当然で、ニア以外にくどくどと反論させない事によって、「ライトが間違ってるなんてこと、言わなくても分かるじゃん」と描いたつもりなのかもしれないが、10ページに渡って延べられた演説に対抗する反論としては、演出が多少弱い気がする。

理詰めの物語は、感情で締めくくられた

 これまでの行為そのものは別として、ライトが演説で語った方向性全てを否定するのは難しい。それは現実世界においても、犯罪に対する処罰にはいわゆる「罪の償い」と共に、罰による抑制という意味合いが含まれており、この考え方自体はライトが語ったものと同一線上にあるからだ。もちろん、同じ線上にあっても意義や価値が異なる場合はいくらでもあり、今回の状況は正にそれにあたると思うのだが、極端な例を挙げたり、罪と罰、善人と悪人といった一般論のまま話を進めると、その是非、善悪の判断は非常に難しくなる。

 そこで、物語は、演説そのものではなくそれを語る人物に焦点を当てることを選んだ。

 実際のところ、何らかの演説を行った人間の人柄がどうであろうと、述べた内容の善し悪し、真偽、意義といったものは一切変わらない。演説ではなく、科学的事実に置き換えてみれば分かりやすいが、どんなバカが述べたところで地動説は正しいし、高名な科学者が唱えても天動説は間違っているということだ。
 しかし、聞いた時の印象という点ではそれを述べる人間の人柄や肩書きが大きな意味を持つ。派手に髪を染めた男が語尾をのばしながら喋るのと、大学教授がデータや例を挙げながら説明するのとでは、まるで信頼度が違ってくる。

 そこで、演説するライト自身の価値を落とす事によって語られた内容に不信感を与え、実際の内容を論理的・倫理的に考える以前に、感情的に、そしてなにより分かりやすく否定させたのだ。
 これはズルいが、同時にウマい。扱いが難しく、無限のループに陥る可能性すらあるライトの考え方そのものの吟味を放棄し、あくまで印象による否定を物語としての幕引きとしたのだ。

 同じ手法はエピローグでも伊出刑事の「俺が " これでよかった " と言い切っているのは、あそこでニアが負けていたら俺達は今生きていない」という台詞で用いられている。
 言葉だけを追うなら「俺が生き残っていたから、少なくとも俺にとっては良かった」というのはかなり強引な物言いだ。しかし、悪人ではない松田刑事と伊出刑事が生き残っている事は、読者にとって素直に「良かった」と受け入れることができる状態であり、ライトの行動をどうこう考える前に感情的に納得できるのだ。

 善と悪という問題を横に置き単純にデスノートの奪い合いに焦点を絞れば、ライトが潔く散るというエンディングも可能だったと思うが、読後感や少年ジャンプという掲載誌を考えれば、収まるべきところに収まったと言えるだろう。

前の記事:確信

次の記事:作品全体

コメント(0)

コメントを投稿する

コメントの投稿には JavaScript が必要です。
ブラウザの JavaScript 機能を有効にしてください。
投稿ボタンを押してもエラーになりますのでご注意ください。

トラックバック(0)

トラックバックURL : http://www.studio-ponytail.com/mt/mt-tb.cgi/145