エルの最期
2009年1月31日 10:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
死神までもが歯車となる(コミックス第7巻)
火口を捕らえ DEATH NOTE を手にしたエルは、死神レムに様々な質問をして、ライトとミサがキラであるという持論の再検証を始める。全ての状況がエルの考えが正しい事を指し示すが、ライトが DEATH NOTE に仕掛けたトリックによって否定されてしまう。
そしてミサは記憶を取り戻し、隠されたノートと共にあったメモに従いキラとして犯罪者の粛正を再開する。ライトの計画通りに動き出した歯車は、ミサとエルだけでなく死神レムをも思い通りに操り始めていた.....
自動操縦
第1部のクライマックスとも言うべき一連のエピソードの凄さは、DEATH NOTE の力を再び手に入れたライトが何もしていないところだ。自ら手を下さずに他人を操る、そのうえ、その場でああしろこうしろと指示を出して強制するのではなく、気がつけばそうせざるを得ない状況を遥か以前から作っておく。
自らの手を汚さない悪役(主人公なのに悪役扱い)というのはなんとも憎たらしいが、こうも意のままに他人を転がして遊んでいると、逆に格好良く見えてしまうのが不思議だ。このような「前から計画してましたよ」という展開は注意深く描かないと途端に嘘臭く白けてしまいがちだが、辻褄合わせを感じさせる事の無い計画、巧妙に隠された真意など良く出来ていた。
正しく訪れた、その瞬間
そして訪れるエルの最期。マンガを読み慣れている人ほど、この決定的瞬間は無いだろう、あるとしてもずっと先だろうと思っていた出来事が、起こるべき時に起きた。フィクションにおいて登場人物がピンチに陥れば陥るほど、読者は「どうやってこのピンチを脱するのだろう」と起死回生の逆転劇に期待する。それは裏を返せば「どうせピンチになっても奇跡が起きて逆転するんだろう」というあきらめとも言える。
しかし、この状況をひっくり返す奇跡の策は用意されていなかった。ライトと読者のみが知るカウントダウンは刻一刻と数字を減らし、正しくゼロで終了した。劇中の状況を考えれば非常に正しく、それでいて、これが作られた物語.....もっと言えば週刊少年ジャンプという少年向けマンガ誌で連載されている作品.....であると考えれば起きないはずの出来事がきっちり起きた。
これは、布石だ。それもあり得ると思うからこそ読者は迷い、騙される。エルの最期は、単純に物語の流れとして起きた出来事という以上に、この作品ならこの出来事はあり得るんですよ、という布石と言える。
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