DEATH NOTE
2009年1月31日 10:02 | コメント (0) | トラックバック (0)
ライトとエル(コミックス第1巻)
日々変化のない日常を持て余していた高校生・夜神月(やがみらいと)は、ある日 DEATH NOTE と書かれた謎のノートを拾う。「このノートに名前を書かれた人間は死ぬ」という注意書きを見て夜神月はイタズラだと判断するが、試しに書いた2人の人物が実際に死亡し、DEATH NOTE の力が本物である事を知る。ライトは人々が「罪を犯せば確実に罰せられる」ことを認識すれば世の中が良くなると考え、DEATH NOTE の力で犯罪者を粛正を開始した。
世界中で凶悪犯罪者が死ぬという事件が続発し、何者かが悪人を裁いていると考えた人々は、いつしかその何者かをキラと呼ぶようになった。同じころ、ICPO は犯罪者が次々に死んでいくこの異常事態を犯人が存在する殺人事件と判断し、世界で最高の腕を持つという探偵L(エル)に調査を依頼する.....
二人の天才による頭脳戦が魅力
淀みの無い理論を展開し、様々な状況を想定して準備を進めるライトの用意周到さと、そんなライトの行動の僅かな綻びをも見逃さず、鋭い推理と先読みを行うエルのキレ者っぷりが綺麗に描かれていた。中でも、失敗を取り繕うために策を講じるのではなく、先手を取るべく布石を置き、思った通りに事を運ぶライトにゾクリ。
また、DEATH NOTE そのものや死神の目といった基本ルールの説明もうまくエピソードの中に盛り込まれており、そこで交わされるライトとリュークのやりとりが、荒唐無稽である設定に存在感を持たせていた。
人を殺す力を持ったノートを、悪人の粛正のために使うという危険な思想を持った人物が主人公であるため、どうしてもそこに注目が行きがちだが、この作品で楽しむべきはやはり二人の天才による頭脳戦だ。
ライトとエル、どちら側の状況も知る読者からすれば当然な事柄も、二人にとっては実際に起きた出来事から推理するしかない。このような展開の場合、推理が正解へと向かう道に読者が納得できない近道があってはいけない。かといって、あまりに遠回りしてしまうと全てを知る読者にとっては退屈で仕方が無い。
この作品はそのバランスどりが非常に巧みで、ライトはどのような先読みを行い、エルはライトのその行動から何を探し出すのかと、素直にドキドキハラハラすることができる。
そして1巻のクライマックスでは、DEATH NOTE のルールを駆使し、自分を追っていた人物の正体を鮮やかに突き止めるライトの作戦が目を見張った。力技や気合いで状況を打破する展開では味わえないスリルを楽しむことができた。
娯楽作品としての割り切りとその弊害
唯一残念なところは世界最高と称される天才探偵エルが、超常的な力で殺人が行われているとあまりにも早く判断してしまうところだ。確かにテレビ中継の際に影武者のエルは死んでしまったのだが、その場合でも通常疑うべきは「既にキラはテレビ中継の情報を入手しており、スタジオ関係者などに仲間を紛れ込ませていた」という可能性だろう。全てエルの息のかかった人間で固めていたとしても、超常的な力で殺人が行われたと判断するよりも、裏切り者がいなかったかを調査する方が先だ。
もっとも、これはエンターテインメントとして、物語を早々にライトとエルの直接対決にもっていく為の措置であり、見当はずれな捜査を描いて読者を退屈させることを避けるためだろう。
しかし、超能力による殺人という荒唐無稽な可能性には、せめて他の常識的な推理のいくつかを否定してからたどり着くべきだ。あっさりと正解にたどり着く様子は正に上に書いた「近道」を通っている印象が強く、エルの凄さに若干の疑問を感じてしまった。(まあ、連載前の読み切り版がちょうどそのような構成で、似たような展開を避ける意味合いもあったのだろう。ただ、独立したフィクションとして見た場合、その部分が無い事に抵抗感を覚える人は結構いそうでなんとも惜しい)
小畑健氏の緻密な作画も魅力
これら、ストーリーと共に小畑健氏の緻密な絵が物語に与えるリアルさも忘れてはならない。すっきりと整えられた線はイラスト的な印象を受けるが、ディフォルメが抑えられた背景や人物のシルエットは現実的な存在感を感じさせる。
瞳や目尻といった眼の表情が細かく、時に恐ろしい顔を見せるライトの瞳の輝きが素晴らしい。
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